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11/3

今日はママはH丘の美容院へ行った。半日ほど外出。

その間は私と二人でお留守番。私から見ると意外と落ち着きのあるよい子。うるさいときは耳栓をして放置することもあるが、そうではなく普通に落ち着いているときもかなり多い。スリングを使ってカンガルーのように袋に入れながら行動していた。スリングは、きのう初めて使い始めたのだが、うまく子どもが入る時とそうでないときがある。入りにくいという意味ではなく、入れたあとの位置取りが決まらないということだ。方言でいえば「あがわるい」といったところか。でも決まるとすごく落ち着く。揺れが心地よいのか、私の腹と接着していることによる人肌そして温感の安心感があるのか。その両方という感じもする。子どもを入れながら家事やら料理やら何やらをこなしたが、全然いける。ただ、まだ若いつもりだから大丈夫なだけで、油断すると簡単にぎっくり腰になりそうなのが恐ろしい。腰のケアや、筋肉のトレーニングなどが必須となるだろう。

意外とママの帰りが遅かったのは買い物をしていたからだが、ついでにもしラーメン屋のB店があったら外食してこようかと思っていたらしい。おいおいマジかよ聞いていないよと思ったが、彼女はひとりで行動すること自体がほぼ一年ぶりに近いし、ラーメンも食べたかろうとは思った。そもそもその店は閉店していたので食うことはできなかったのだが。なぜ私が珍しくそのような反感めいたものを抱いたかというと、ちょうど夕食を仕込んでいたからである。

秋刀魚を捌いて蒲焼きにした。結論からいうとよくできた。美味しかった。妻にも好評だった。レシピは、頭取りした秋刀魚2尾を背骨だけ取って、小麦粉……の代わりに片栗粉をまぶし、たっぷりのサラダオイルで揚げ焼き。調味料は醤油大1.5、酒大2、みりん大2、砂糖大2で、適当に焼いてよきところで皿に上げた。仕上げの薬味は万能ねぎとしょうがをまぶした。(薬味はすでにまとまっていたものを使用した。)普通に本格的な蒲焼きの味わいでたいへん満足度が高かった。慣れれば15分でできるそうだが私は30分かかった。これは背骨を取るのに手間取って、さらに背骨にこびりついた身をこそいで刺身用にとりわけ、うっかり醤油をつけながら食べてしまったからである。美味しかった。

今日はずっと私がめんどうを見ていたからということで、夕飯後の子どもの世話は妻にまかせて部屋に戻った。部屋では遊んでばかりで、結局仕事らしい仕事は一切しなかった。休日だからそれでもいいといえるが、こういう無駄な余裕があとあと自分の首を締めるのはよくわかっているつもりなのだが……いや身にしみていないということなのだろう。人間は刹那的だ。私は特に。

 

 

虚構の乳首

妊婦に対するフロイト理論は本当に害悪だなと、様々な経験をする中で思うに至ったが、自我と理性ある大人はともかく、主体が無い状態の赤子に対しては精神分析は無類の切れ味を誇っているように思われた。

私の子どもはまだ目が見え始めたのかどうかもよくわからないが、私の観察では非常に精神分析的な行動を取っているように見えた。一つは、自分が空腹なので母乳が欲しいのに、口では激しくそれを求めながらも、自らの右手などで乳首を払って、遠ざけてしまうことがほぼ毎回のようにあることだ。自分の欲望と体の支配が一致しておらず、矛盾した状態にあるわけだ。これはまさにラカン派の「寸断された身体」という概念そのものである。これは鏡像段階の第一ステージに当たるもので、まあとにかくバラバラだということだ。本で読んでいるだけだったときは全くイメージがわかなかったが、いざ子どもを前にすると一発で腑に落ちた。子どもを抱っこして鏡に写したりしたが、特に何も起こらない。そりゃそうだ。ということはやはり視覚障害者は想像的先取りを行えないのだろうか。そういう伝記もありそうだが。

 もう一つは、子どもがおしゃぶりを吸うということだ。子どもは、空腹に誘われて泣きわめき乳首を求めるのだが、そのうち、自分の空腹以上の欠如に突き動かされて泣いているように見える。フロイトの言うところの「口唇期」である。確かに気づけば指や手をしゃぶったり、私の手にかじりついたりする。これは原始反射と呼ばれる話と妻から聞いた覚えもある。しかし、単にしゃぶることの快楽以上の何かを得ているように見える。指を吸うといっても、都合よく親指を吸うことはまれである。身体が寸断されているから。むしろ目立つのは、妻が母乳を吸わせるのと同じようなポーズで抱っこをすると、ちょうど私の乳首あたりに首が来るのだが、そこで子どもが自分の手で筒を作り、まるで私の乳首を延長するかのように設置してしゃぶるという行動を取ることだ。これはおしゃぶりを加えているときでもほとんど一緒である。重要なのは子どもが作る手の構図が筒であって、親指を立てていないということだ。だから子どもは無を食べ続けているように見える。

 私はこの子どもの行動と、それから時間割的には十分に母乳やミルクを与えているのにもかかわらず(吐いてしまうことも踏まえて)まるで空腹を訴えて激しく泣いている様子に、拒食症患者のことを想像した。「天使の食べものを求めて―拒食症へのラカン的アプローチ」という本もある。

 そもそも赤子にとって乳首は私たちが見ているようなものとしてあるのではなくて、もっと想像的な対象であるはずだ。妻は自虐的に自分がおっぱいになってしまったかのようだというが、私も「火の鳥」のアストロノーツ牧村のエピソードを思い出した。幼児になった彼を擁護するために、女性の船員がおっぱいと植物を合体したような存在にメタモルフォーゼするのだが、あれは植物に乳房を足して合わせたようなデザインだったはずで、大変グロテスクだった。子どもにとって乳房とはそのような対象である可能性が高い。ところが指などを使ってそれを子どもが仮構するとなると、それは違った現象であるような感じがする。いわゆるラカンの3界理論を使って上手く説明できそうな気もするがうまくまとまらない。想像的な乳首と虚構的な乳首が赤子の中にはある。(現実的な乳首と象徴的な乳首もあるのかな?)

 クラインなどはもっとしっかりとしたことが書いてあるのだろうか。興味がある。

 

 

11/1

 火曜日だが、新しい月が始まった。映画の日だが、特に行く余裕はない。「聲の形」を見たいと思ったのだが。

 色々と不都合が多くて仕事が全く進まなかった。作業場にしようと思っていた図書館が休みだった。ドトールに入ると入り口手前の席に座った。別に座りたかったわけではないが、そこしかちょうどいい席があいていなかった。コーヒーを頼んで座ると、モバイルバッテリーを忘れたことに気づく。この店の公衆wifiは効きが悪いので自前のルーターを使おうと思うと、これが残り10%。しぶしぶ使ったが、当たり前のようにあっという間に電池残量が無くなってしまう。おまけにイヤホンが無いから通話をしながらの仕事などができない。仕事にならない。くだらないウェブサーフィンや、趣味のWorkFlowyに時間を費やしてしまう。ものがなさすぎるのがいやになって店を出た。家に帰ってくると子どもが泣いていた、んだったかな。もう忘れてしまった。妻が着替えをしていた気がする。いよいよ骨盤ベルトを締めようとしていたのだったか。

 出産祝いをくれた取引先にお礼をあげようと、候補の和菓子屋であんこのお菓子と羊羹を買う。消費期限が明日いっぱい。生菓子ってすげえな。明日持っていくなら明日買った方がいいなと思い、自分たちの分として買ってみた。それを妻と二人で食べた。美味しかった。特に新芋の羊羹が美味しかった。本当はあんこのお菓子だけのつもりだったのだが、思わぬ収穫だった。ほうじ茶をいれてもらった。妻に何かしてもらうのは10ヶ月ぶりな気がする。いや、さすがにもうちょっと何かしてもらったか。それくらい長いつらい妊娠生活だったように思う。

 妻も帰ってきたので試験的に自炊を検討し始める。だが私は働いているし妻は疲れ切っているから、完全自炊が難しい。とりあえず惣菜を買って帰ると、妻が自主的に米を炊いていてくれた。1日3食2人で1000円に収まるようなプランを取れればよいのだが。

 何の惣菜を買ったらいいかLINEで電話したところ妻の声が妙に暗い。どうしたか問い詰めると、何やら乳首に血玉ができたらしい。血豆だの血疱だのと言われる現象で、調べてみるとどうも妊婦にはよくあることのようだった。妻はひどく落ち込んでいた。痛いらしいし、何らかの病気だったらどうしようと悩んでいた。だが一人では病院に行くことも難しいし、そもそも近くに病院があるのかどうかもまだ分からない。あと吸われると痛い。血ごと乳飲み子に吸わせてよいのかという不安も強かった。慰めたが、この出来事のショックで張り詰めていた糸が切れたのか、一気に彼女は無気力になってしまった。ひどくかわいそうだ。慰めもあまり効果がなかった。米を焚くのが嫌だといった。タッパーに入れて冷蔵庫に入れるのがめんどうくさいと。ご飯というものを食べることそれ自体がうざったいと。他のことはするからと詰めるだけ詰めてもらい食器は洗った。子どもを預かり先に寝かせた。

 まだ一ヶ月の子どもに「夜驚症」というのは当てはまるのだろうか。とにかく理由のないタイプに激しい泣き方をするように見えることが多々ある。おしゃぶりをうまくかませると落ち着くので僕は慣れている。それから、子どもの面倒を見るときは僕はもっぱら耳栓をしている。そうするとうるさくなくなるから、余裕を持って子どもを預かることができるのだ。逆に耳栓をしていないと本当にひどい泣き方で、一緒に寝ているとさすがにつらいと思うことがある。妻は大丈夫だといっているが、何らかの方法でストレスを予防できればよいと私は思っている。真面目であるほど育児に追い込まれてしまう。妻の愛読書の『ぢごぷり』の登場人物の若い産婦も、育児なんててきとーです、と言っていた。

 もっとお乳を飲みたいと思っているのかもしれないが、うちの子はよくそれを吐いてしまう。他の子と較べて多いのか少ないのかも分からない。多いということは多分無いだろうが、少ないとは限らない。だから好きなだけ飲ませてやるのはなかなか難しい。その上、最初の一ヶ月はたんまりと飲んだせいか太り気味だった。一日70グラムの勢いで体重増加し、その後も50グラムずつ増えていた。成長曲線の最上位を走っている。さすがに見た目にお太り遊ばしている。子どもなんてこんなものなのだろうか。吐かなければそれはそれでよいのだが。ゲップをさせるのにも繊細さが必要になってくる。そんなこんなで日が変わった。寝かせた。

 

 

 

10/31

 今日から子どもがいる状態での労働が始まる。

 うまくできるだろうか。不安……というわけでもないが、新しく気づくことがいっぱいあるだろう。

 10月以前の日記も可能な限りで復元していこうと思う。

子どもの変化も大きいだろうし、合っという間に忘れてしまうことも多いだろう。

 子どもは9月生まれ。はやくも一ヶ月になった。

 妻は妊娠してから一年間死ぬほど苦しんだ。

 2月から6月まで入院した。里帰り後も簡単なことではなかった。

 僕もほとんど仕事というものができなかった。毎日お見舞いにいったし、家事も全て行った。遠方の地に入院しても、不安な妻のためにそちらへ行った。おかげで前半は、自宅にはあまりおらず、半分以上が義実家だった。

 それくらい妻も不安だったし、食べるものも食べられず、飲むものも飲めず、24時間点滴を受けながら、出産が継続できるかどうかの不安と後悔と自責の中で耐えていた。

 忘れなければつらすぎて生きていけないが、忘れてしまうには重要過ぎる情報の数々だ。

 思えば結婚する前後のことはほとんど忘れてしまった。結婚(式)に1年間くらいかかった。だがその後は妊娠と出産で約1年が経ってしまった。同じことの繰り返す、ループする拷問のような生活では、毎日が同じように見えてしまい、情報の差異を思い出すのが難しい。

 あっという間だったけれども、あっという間にはしたくないと思ったので日記を書くことにしたのである。あと、推敲はあまりしない。

 

10/29土

一昨日帰ってきて、すぐにやろうとした隣家への挨拶は、時間帯のせいか全部が空振りに終わっていた。翌日の午前にもやろうと思ったが寝ほろけてしまい、とうとう今日になった。かなりうるさく子どもがなくので、正直周囲に対して心配ではあった。ご挨拶の品はバームクーヘン。隣の家にお訪ねすると、すっぴんの奥様が出てきてくださって、事情を説明すると「おめでとうございます、全然うるさくないですよ」と仰ってくれた。心底安心した。家屋の構造上うるさくならないようになっていたのかもしれない。それから別の家にもご挨拶すると、休み中で昼間から酒を飲んでいたらしいが、ご夫婦ともに出てきてくださって、喜んでくれた。娘が最近出産して、同じくらいの赤子と触れ合っていたらしい。赤ちゃんがうるさいくらいで民家はちょうどいいと頼もしいことを言ってくださった。とても嬉しかった。何か困ったことがあったら理事をやっているから言ってとも言われた。子どもひとつでこんなに心を開いてもらえるのは嬉しい。ほんとうに嬉しいね、と妻の抱っこひもに支えられた子どもとともに、外に散歩に出た。といっても短時間しかできないが。せいぜい、コンビニでご飯を買ってくるくらいのことしか。